女子マンガの手帖

女子マンガ研究家・小田真琴のブログです。主に素晴らしいマンガを褒め称えます。

【続報】「パンビー」は「フランスの家庭では定番のお菓子」ではなかったようです。

 誰も気にしてなどいない謎のフランス菓子「パンビー」の出自ですが、前回のブログにはそれなりの反響がありまして、さらなる事実が明らかになりました!(空盛り上がり)

makotooda.hatenablog.com

 今回はそれらの新情報を簡潔にまとめておきたいと思います。

パンビーは「フランスの家庭では定番のお菓子」ではありません!

 とにかく在仏邦人の方、フランス在住経験のある方からは、「そんなものは知らない」というご意見を多数いただきました。

 私も知り合いをたどってさらに複数のフランス人の方に確認しましたが、やはり同様に「知らない」とのことでしたので、「フランスの家庭では定番のお菓子」というのは限りなくクロに近い情報であると判断してもよいでしょう。 それどころかフランスに「パンビー」というお菓子は存在すらしないようです。

「パンビー」のルーツとなったお菓子を発見?

 では「パンビー」とはなんなのか。前回のブログでは軽く触れる程度の扱いだった辻調の「パン・コンプレ」という名のパンビーにそっくりなお菓子が、なんとフランスに実在することが判明しました。こちらのフランス語のルセットをご覧ください。 

www.750g.com

 ルセットの作成者には「Recette par Maurice.B」とクレジットされております。これは辻調のこの文書にあったM.O.F保持者のMaurice Boguais氏のことでありましょう。説明文を要約すると「ビスキュイドサヴォアをパンのカンパーニュみたいに焼いてみたよ。中にはムースプラリネを詰めたよ。卵黄は2個だよ。クレームフレーシュは50gだよ。ナントで見つけたよ」といったところでしょうか。

 実際に配合を見てみると、750g.comでは約2倍量になっているものの、eau de fleur d'orangerやcrème fraîcheなどの入手しづらい材料がバニラエッセンスと生クリームで代用されていることを除けば、辻調のものとほとんど同じです。パンビーは「フランスの家庭では定番のお菓子」ではありませんでしたが、フランスに似たようなお菓子は存在したわけです。

 しかし微妙なのが750g.comにある説明文です。「ナントで見つけたよ」とあるのですが、「pain complet Nantes」等で検索しても、これ以外の情報はさっぱり見つかりません。実際に存在したとしても伝統菓子かどうかは微妙なところですし、相当にマニアックなお菓子だと思われます。

「パンビー」と「パン・コンプレ」のミッシングリンク

 ではパンビーとパン・コンプレは同じお菓子なのでしょうか。前回のブログで触れた藤野賢治シェフの「パン・ビー」と配合を比較してみますと、

 (1) 粉の一部にコーンスターチを使っていない。
 (2) ムースプラリネではなくクレームディプロマットを使っている。

  といった違いがあります。しかしこれは藤野シェフが意図的に変更した可能性も否定できません。なにしろともにカンパーニュに似せたと明言しておりますし、挙げ句のこのそっくりな外見です。Maurice Boguais氏のpain completを見た藤野シェフが日本人に作りやすいようアレンジしたお菓子がパン・ビーだった……そんなシナリオが浮かんできます。

 しかしこのミッシングリンクを埋める情報はまだありません。ここさえわかればすべて解決なのですが……。

なぜパンビーは「フランスの家庭では定番のお菓子」であるとされたのか?

 今回の調査により、パンビーのレシピは1980年代後半から2010年ごろに至るまで、断続的に書籍等で紹介されてきたことがわかりました。この本にも小黒きみえ先生のレシピが掲載されているようです。

たのしいティータイムブック

たのしいティータイムブック

 

 それが2015年ごろになって、誰がなにを勘違いしたのか、「パンビーはフランスの伝統菓子」「パンビーはフランスの家庭では定番のお菓子」だとする情報が出回って(もしかしたら本か雑誌かに書かれていたのかもしれません)、ネット内で増殖したのではないか? ……といったように現時点では予想しています。

 今年になってなぜ再流行し始めたのかもよくわかっていません。まあでもおいしそうなお菓子なので、レシピが広く知られるようになるのは結構なことだとは思うのですが、お菓子の歴史や文化的背景はしっかりと正確に記述してもらいたいところであります。ご協力いただいたみなさん、本当にありがとうございました! 現場からは以上です。